106号(平成14年11月1日)

染織用語の不思議?

紬糸を使っていないのにどうして大島紬?

テキスタイルクリエーター 辛島綾

“紬糸を使っていない”と言われて、そういえば…。と改めて意識する方も多いことでしょう。紬糸を使っていようがなかろうがそんなことは関係なく、大島紬は大島紬であって、すっかり普段の生活の中から着物が姿を消してしまった今でも、憧れの存在なのが大島紬だったりします。

 しかし、どうして紬糸を使っていないのに大島紬なのでしょう。そもそも紬とはなんなのか、紬の定義から考えてみたいと思います。

“つむぐ”という言葉から一番初めに思い浮かべる漢字は“紡ぐ”ではないでしょうか。この文字は毛・綿など一本の繊維の短いものを撚り合わせて糸を作る場合に使います。絹であっても繭毛羽(蚕が繭を作る最初の足掛かりとして吐く生糸より細い繊維。繭のまわりに毛羽のようにまとわりついている繊維です。本来捨ててしまうものなのですが、糸にして利用することを推進している産地もあります。)や短く切断したものを糸にする場合はこの文字です。

 “績ぐ”これも“つむぐ”です。“うむ”と読む場合の方が多いかもしれません。麻や芭蕉、樹皮繊維など手を広げたくらいの長さの繊維をつないで糸にする場合はこの文字を使います。

 “紬ぐ”は撚り合わせるのでもなく、つなぐのでもなく、引き出して糸を作る場合の文字です。つまり、真綿から切れることなく糸を引き出したものを紬糸といいます。

 今では、紬糸は生糸の副産物ですが、生糸文化より紬糸文化の方が先にあったと思われます。蛹を殺して生糸を取ることを思いつく前に、蚕の成虫に食い破られた繭を拾い集めることの方が先だったでしょうから・・・。

 そんなわけで、現在織物産地として名を残していない場所でもどこでも、紬織物は生産されていたようです。奄美大島も例外ではなく、たて糸・よこ糸共に真綿から手で引き出した紬糸を使い、居座機(いざりばた)で反物を織っていました。

 そんな紬織物は島民の日常着でした。ところが1720年(亨保5年)薩摩藩が島民に対して「紬着用禁止令」を発令しました。紬織物を献上品として差し出すよう言い渡したのです。その頃の島民の気持ちを考えると複雑ですが、このことが大島紬をただの紬ではなく、高級品へと発展させるきっかけとなるのです。

 紬糸は一般的に屑繭を使用するのですが、献上品として生産された大島紬は生糸がひけるくらい上質な繭をあえて使用していました。そのため、その風合いは他の産地の紬とはくらべものにならないほど極上のものだったといいます。

 明治維新とともに大島紬の生産は薩摩藩の束縛から開放されます。大島紬は島民のものへと戻るのです。献上品でなくなってからも、特に生産過程を変更することなく、上質な紬糸を使い居座機で生産が続けられました。その風合いの良い紬は、たちまち全国的なヒット商品となりました。織っても、織っても追いつかない。まだ織り上がっていないうちに値がつくというありさまでした。職人の取り合いが起こり、朝決めた工賃が夕方には上がっているということも珍しくなかったといいます。このままではとても間に合わない。しかしなんとか需要に答えたい。その思いが生産方式の大革命を起こすこととなります。

 居座機での製織は全身をバネのように使い、糸の調子を取りながらの作業になります。糸に負担をかけることなく、糸の良さを最大限に生かした織物を作ることができます。しかし体への負担は大きいのです。そこで居座機から高機(たかばた)へ移行することにしました。

 高機は体への負担は少ないのですが、糸に負担がかかります。居座機の時のように糸のご機嫌をとりながら織ることはできず、時には必要以上の力が糸にかかります。だからといって強く張らないと作業効率も上がりません。そこで強く張ることに対応できるよう、たて糸を手引きの紬糸から玉糸(繭をつくる環境の加減で2匹の蚕が一緒にひとつの繭をつくった繭から引いた糸。その当時は紬糸よりは上質。生糸には劣る存在でした。現在では微妙な節加減に趣があると好んで使われることもあります。)へと移行させました。

 1905年(明治38年)日露戦争の勝利から、日本中は好景気に沸き立ちました。そして、庶民が着るものへの関心を示す余裕が生まれてきたことによって、大島紬の需要はますます増していったのです。よこ糸は以前のまま手引きの紬糸を使っていたのですが、その生産も間に合わなくなり、この時代によこ糸も玉糸へと変わります。

 紬の風合いが最大の特徴だった大島紬が紬糸を使わなくなった。そんなことがあっさり罷り通ったのだろうか…。なんとなくすっきりしない思いがあり、奄美大島の方に尋ねてみました。「紬糸より玉糸のほうが、質が良いと考えられていたわけですから、より上質なものを生産することへの戸惑いはなかったのでしょう。」とのこと。そういうものかとある意昧納得し、ある意味すっきりしないものを抱えながら、その後の歴史を調べてみました。

 この時代にその後の大島紬を支える大きな変革がもうひとつ行われていました。織り締めです。絣をつくる技法のひとつですが、この技法の開発により、私達がよく知るあの大島紬の精緻な柄が生まれることになります。手でひとつひとつ柄を括っていくのではなく、織る時の糸が交差する力を利用し、柄を染め抜きます。手括りでは1疋(2反分)から2疋分の糸しか一度に括ることはできないのですが、織り締めでは、6〜8疋分を一度に染め抜くことができました。一気に生産効率があがったことは言うまでもありません。その後、この技術は偽物の大島紬と差別化するために、信じられないほど高度な技術として完成することとなります。

 ヒット商品が生まれると、もっと儲かる方法を考える人がいつの時代にもいるわけで、大島紬の技法は一時期海外にまで流れていきました。安価な大島紬を逆輪入することとなり、それらと差別化するための技術発展を余犠なくされたのでした。

 織り締め絣では1/1Ommという単位の細かな絣点を染め抜くができました。その正確で細かな絣点をあわせていくことで、いままでに絣文様としてはありえないような絵画的要素をもった図案を、染め抜き織るまでに発展しました。

 図案の精密さを求める過程で、玉糸より安定した生糸を、現在の大島紬がそうであるように、たて糸・よこ糸共に使うようになりました。

 大島紬が紬糸を使用していないのは、日本経済と共に現代まで生き抜いてきた証のように思います。そしてそんな歴史をひもときながら、泥染めされた糸を手に思うのです。これからどう生き抜いていくのだろう。今度はこの泥染めに生き残る鍵があるのではと…。

 奄美の大島紬の特徴として、本来語らない訳にはいかない泥染めについて、殆ど語ることなく本文を終えようとしています。生糸を使っていながら、あたたかみを感じるのは泥染めの力だと思っています。表面で輝くのでなく、光を吸収し、内から輝くような魅力的な色は私の好奇心をくすぐります。泥染め、いつかこの魅力を語れるよう大島紬との付き合いを続けていこうと思います。

(参考文献:「紬の文化史」石崎忠治著 衣生活研究会、「奄美染織史」茂野幽考著 奄美文化研究会、「大島紬の研究」鹿児島県立短期大学地域研究所編)


2003全日本きものの女王決まる

港区・八芳園で開催

社団法人全日本きもの振興会(房本清二会長)主催による「2003年全日本きものの女王コンテスト全国大会」が十五日、東京港区の八芳園で開催された。全国十五地区から選出された三十四名の地区女王が華やかな振袖姿善書で出場、厳正な最終審査の結果、次の通り三名の女王が決定した。全日本きものの女王・尾谷早喜子さん(22才・京都代表・学生)・西山涼子さん(22歳・新潟代表・学生)・羽波和代さん(28才・大阪近畿代表・会社員)。今回はアシェツ/婦人画報社が主催する「きもの大好きパーティ」と合流する形で開催され日本庭園が美し八芳園はきもの姿で溢れる賑わいぶりだった。なお、選出された女王は今後一年間、きもの新興のために様々なイベントに協力して貰うことになっている。


今年の七五三参り

10月から分散傾向が強まる

 l1月15日は七五三参りの日。きもの業界ではこの日を「きものの日」と定めて全国各地でさまざまなきもの振興イベントを開催しているが、七五三参りの方は、昔の15日とその直前にお参りするという慣習が徐々に薄れてきた感があり、既に十月中旬頃からちらほらと参拝者を見かけるなど、完全に自分の家庭の都合にあわせてお参りする形が定着してきた。

 おじいちゃん、おばあちゃん同伴というケースも多く、子供は圧倒的にきもの、また母親のきもの姿もまだまだ頑張っている印象を受けた。カメラ担当はだいたいおとうさん、もしくはおじいちゃん、本殿でお祓いを受けるのは一部という印象だった。明治神宮では神前結婚式も参拝者の関心をひいていた。

イベント情報

JAPAN SILK CENTER 冬季特別セール
第3回絹まつり
シルク製品ご愛頑のみなさまに特別価格で御提供

日時:

12月2日(月)〜4日(水)10:00〜18:30
12月5日(木)最終日10:00〜17:00

場所:

ジャパンシルクセンター有楽町蚕糸会館1階

主催:

(社)日本絹業協会 ジャパンシルクセンター

第8回「真綿のヴィジュアルアート」公募展
真綿をより身近に多くの皆様に
ご理解いただくために募集した、
真綿の作品のヴィジュアル・アート公募展です。

日時:

12月2日(月)〜7日(土)
AM11:00-PM7:00(最終日PM4:00終了)

場所:

スカイドア アートプレイス青山
東京都渋谷区神宮前5-51-3ガレリアビルB1
地下鉄・表参道駅B2出口より徒歩3分

主催:

財団法人日本真綿協会  TEL.03-5814-4881

編集協力:農林水産省特産振興課/農畜産業振興事業団